秋の陽射しが木漏れ日から降り注ぐ中、棺に土がかけられていく。
それを見送る人々は涙を零し、眼や口元にハンカチを押し当てている。
「ナル、滝川さんから花が送られてきました」
刈り込まれた下生えを踏んで近づいてきたリンが、僕に、そう告げる。
久々に聞いた名は、日本にいる協力者たちの姿を思い起こさせた。
「そうか」
リンにそれだけを言い、泣き崩れる人々に再び視線を向ける。
黒衣を身に纏った同年の彼女たちは、ジーンの死を深く嘆いていた。
「日本で亡くなるなんて」
憎々しげに発せられる言葉。
嘆き悲しむ表情すらも険しくて、兄を想う感情の強さが見て取れる。
ジーンの死を告げたときに、長身の部下が見せた態度によく似ていた。
僕が日本に行くと告げたとき、お目付役として一緒に来たリンは、本当なら日本へなど来たくはなかっだろう。
日本も日本人も嫌いだと、公言していたのだから。
だが、それでも、彼は僕と一緒に日本へと渡った。
そして、今では、そこで馴染みとなった人々に囲まれて仕事をしている。
流れゆく時は、気持ちに変化をもたらすのかもしれない。
人との出会いによって、思っても見なかった方向へと移ろっていく。
周囲の押さえきれない嗚咽が、僕の鼓膜を震わせる。
ジーンのために涙を零す少女たちを見て、月夜に見た彼女を思い出す。
「本当に、笑顔が綺麗だったの」
静かに涙を零す彼女の横顔を、黙って見つめる。
悲しみにくれる彼女にかける言葉はなく、そこにいることしかできなかった。
身体をギュッと縮めて蹲り、自分だけの世界に閉じこもる姿を、つぶさに見続ける。
彼女の泣き声が、徐々に細くなり掠れ消えていく。
手の甲で目元を擦った彼女が、俯けていた顔を上げた。
ぼんやりとした視線が僕に定まり、何度か瞬きする。
驚きのためか大きく目を瞠り、ポツリと言葉が発せられた。
見開かれた目元は赤く腫れ痛々しさを表していたけれど、僕と話すことで彼女の声は普段通りの調子を取り戻していく。
会話が途切れ、しばらく黙り込んで空を見上げていた彼女が立ち上がり、バンガローへと戻って行く。
振り返らない背中を月明りで見送った僕の周囲には、虫の鳴き声だけが辺りに響き渡っていた。
翌日、腫れた目元を隠すように彼女は車に乗り込んだ。
僕たちよりも先に東京へ戻るのだと告げた運転手の車に乗る彼女は、一瞬だけ僕を見て微笑んだけれど、それは普段の笑顔からは程遠いモノだった。
帰国が決まった時に会った彼女は普段どおりに僕へ接してきた。
強い悲しみは、まだ心の中にあるけれど、それを表面に出すことなく上手く制御できるまでに落ち着いたのだと安堵した気持ちもあったけれど、今まで向けられていた少女らしい仄かな好意は、どこにも残ってはいなかった。
あれは、兄に向けられていたものだったと、そう態度で言われているようで、憮然とした気持ちになったのを覚えている。
彼女に、あのとき聞いたのは僕だった。
「僕がジーンが?」
彼女は、夢の中でジーンと会い、現実世界では僕と出会った。
こちらに向けられた好意を疎ましいと感じることはなかったが、関心を寄せることもなかった。
だから、彼女が兄を選んでも、さして気にも留めなかったというのに、こうして、自分に対して淡い恋心が消え失せていると判った途端、不服を覚える自分が可笑しかった。
「ナル、ハッピーバースディ」
まどかが電話越しに明るい声で僕に告げる。
「麻衣ちゃんからというか、みんなから貴方に、おめでとうの言葉を贈りたいって。
直接電話すればいいのにって言ったのに、時差があるから掛けられないっていうんだもの。
まぁ、今年は私で我慢してね」
電話口で楽しげに言われて、眉根が自然と寄る。
「ディビス博士の誕生日が9月19日と知って、慌てる麻衣ちゃんが可愛かったわよ。
知っていたら手紙を追加で送ったのにって言っていたけれど、その手紙は届いたのかしら」
「あぁ」
「返事を書く前に、あなたはこちらへ戻って来るでしょう。そのときに、お礼の言葉を伝えなさいよ」
「別に、言うことは無い」
「そうかしら。まぁいいわ。私は、そろそろ、そちらに戻る支度をしているから、貴方もこちらに来れる日を連絡してね。じゃあね」
日本で楽しく過ごしている上司からの電話を切って溜息を付く。
麻衣から、ひらがなが多用された手紙が来たのは、3日前。
それと同じ日に、リンから訊ねられた。
「ナル。谷山さんから手紙が届きませんでしたか」
「リンの所にも来たのか」
「はい」
僕が外国人だと分かったからなのか、手紙は全て、ひらがなで書かれている。
しかも、文章も短くて、非常に稚拙な内容だった。
ナル、げんき?
まどかさんがおしえてくれるから、しごとがわかりやすくてたのしいです。
また、でかみだすね。
まい
だが、リンの所に来たのは、普段の彼女の行動が容易に想像できるような内容の長文だった。
しかも後半の件が、僕を心配する内容のもので埋め尽くされている。
リンは漢字が分かるからか、ひらがなはあまりなく、逆に漢字ばかりが並ぶ文章になっていた。
どこか、硬さの残る文字。
一生懸命辞書を引きながら書く麻衣の姿が思い浮かぶ。
ひらがなが多用されている僕の手紙は、丸い文字が普段の麻衣らしさを表していた。
「返事を出されますか」
「いや、出さない」
「では、私が書いておきます」
「頼む」
はっきり言って、僕に来た手紙の内容では、返す言葉は、元気だの一言で足りるだろう。
先に来ていた原さんの手紙の方が、まだ内容があった。
だから、僕は、彼女に電話をかける。
手紙を書くよりも、早く、用件を伝えられるからだ。
その後リンがどんな内容で手紙を書いたのか知らないが、こちらに戻って来たまどかにリンがからかわれていたことから、麻衣に出した手紙の内容を察することができた。
そして、日本に戻って来た僕に、一息つかせる間もなく麻衣が詰め寄ってくる。
僕たちの写真をギュッと胸に抱いて、頬を嬉しげに染めていた彼女が、今は、怒りに声を張り上げている。
ジーンを見つけて悲嘆にくれていた顔よりも、こちらの方が、麻衣らしい。
依頼人に感情移入して、僕に、突っかかる彼女は以前のままで、そのことに疲れていた身体と対比して精神が高揚する。
バインダーを受け取って、僕は静かに椅子に腰かける。
用紙に書かれている麻衣の文字を見て、指先でソッとなぞる。
書かれている内容に目を通して、依頼人へと質問を始めた。