「まっ、麻衣」
「真砂子、動いちゃダメ」
「でも、」
「あと、少しだから」
給湯室で娘たちがナニやらしているようなのだが、漏れ聞こえる言葉が怪しすぎて、つい聞き耳を立ててしまう。
しばしの間、沈黙が訪れる。
「もう少しこのままでいて」
麻衣の囁くような言葉に、真砂子がフゥと密かに息を吐き出す音が聞こえる。
「くすぐったいよ、真砂子」
「仕方がありませんでしょう。こんなに密着しているのですから」
「そうだね」
そして、更に、しばしの沈黙。
いったい、何が行われているのか、ドア越しに感じる二人の遣り取りが気にかかる。
「もう、いいよ。ありがとう真砂子」
「いえ、どうでした」
「ナルもすごいけど、やっぱり真砂子も(睫毛の数)すごいよ。しかも、(じっと動かないでいることに)慣れている感じがする。(テレビ関連の)仕事慣れなのかな」
「そうですわね。(アップを取る際、瞬きせずにおりますから)よくあることです」
「ナルより、とってもやりやすかった」
「まぁ、麻衣ったら。ナルは、そんなにやり辛かったですか」
「そりゃあ、素直にさせてくれないよ」
「わかる気もしますけれど」
「真砂子みたいに、ジッとして動かないでいてくれるのが、一番やりやすいの。ナルなんて、こっちの意図をわかっているくせに、わざと動くんだよ。酷いと思わない」
「(長い間、瞬きせずに動かないというのは)意識してもなかなか出来ることではありませんもの」
「真砂子は出来るじゃん」
「あたくしの場合は、長年のことですから」
給湯室のドアにへばりついていた滝川が、こちらへと歩み寄り、コソリと話しかける。
「なぁ、少年。麻衣と真砂子ちゃんは何を話しているんだ」
「嫌ですね。分かっていて僕に聞くんですか。
原さんは慣れていてやりやすく。所長は意地悪してやり辛いことですよ」
「だから、それって何?」
「所長に聞いてみたらいかがですか」
「いや、真砂子ちゃんに聞く。というよりも麻衣に聞く」
お父さんにも教えて欲しいなぁと、空いたグラスを持って、何食わぬ顔で給湯室へと向かう男に、もう少し話を続けてからかいたかったなと、大量の紙の束をサクサクと処理しながら思う安原だった。