Floriography.2




「はい、どうぞ」
「うわー」

 綾子が、お花を持ってきてくれた。

「デンファレだ」
「ちょうど花屋に寄ったから、買ってきたの」
「ありがとう、綾子」
「事務所に飾るでしょう」
「うん。あ、でも花瓶がない」
「そう思って、持ってきたわよ」

 トンと置かれた、細長いガラスの器。
 お気づかい感謝します。と言って、花と器を持って給湯室へ行く。

 これまた持参してきたハサミで綾子がザクザクと茎を切り、お水を入れた花瓶に差し込んでいく。

「こんなものでしょう」
「ふわー。きれい」

 躊躇いもなく、ザクッと切っては無造作に投げ入れていた花は、器のカタチに合うように活けられていた。

「綾子、天才」
「ふふふ、もっと褒めてもいいわよ」

 ご満悦な綾子を余所に、コレを何処に飾ろうか考える。

「テーブルの上でいいよね。部屋に入ったら、真っ先に見えるから」
「所長室にでも、飾っておけば」
「ナルの机の上には置けないよ。邪魔だって言われるもん」

 プゥと剥れたまま返事をする。

「まぁ、そうね。でも、テーブルの上なんかに置いて、お客様が来たらどうするの」
「その時は、花瓶をあたしの机の上に避難させる」
「最初から、アンタの事務机の上に飾ったら」
「落としそうで、怖い」

 本当に、そうなりそうな雰囲気があるからか、事務机に置くことを強くは勧められず、結局当初言っていたソファテーブルの上に、花は置かれることになった。




「よっ、綾子来てたのか」
「坊主こそ、いつ来たのよ」
「10分前くらいだな」
「ぼーさん来て、すぐに機材室に入って行ったもん」
「リンのところにいたの、アンタ」
「そう。おっ、珍しいな。ここに花を飾るなんて。依頼人からのお礼に貰ったのか」
「違うよ、綾子が持ってきてくれたの」
「へー、オマエさんの趣味か」
「それも違うわよ。アタシの趣味じゃなく麻衣の趣味」
「麻衣、この花が好きなのか」

 花瓶に活けられた花びらを触りながら、ぼーさんが聞いてくる。

「うん、好きというか、この花言葉がナルにピッタリなの」

 綾子とこの間、話していたことを、ぼーさんにも伝える。

「すげーな。そんな花言葉があったのか。知らんかった」
「そうでしょう。知った時、誰かに言いたくて、言いたくて堪らなかったんだから」

 一緒に花を見たカズちゃんはナルを直接は知らないから、花言葉に衝撃を受けたあたしの気持ちは伝わりにくいし、花自体を知らないかもしれない、綾子以外のイレギュラーズメンバーに、花言葉の意味だけ告げても、アッサリそうなのかと言われそうだから、こうして実物を見ながら花言葉について話せるのが嬉しい。

「しっかし、花言葉はナル坊にピッタリだけど、この花がナルに似合うかというと微妙だな」
「そうね。ナルなら。もっとハッキリした色味のが似合うかもね」

 ぼーさんと綾子がそう言って、活けられた花を見ている。

 紫の花弁に中央の白が対比としてキレイに映えている。
 だけど、それがナルに似合うかというと、胸元に飾る感じでは合いそうな気もするけれど、花束としては、ナルに負けそうな気がする。

「ナル坊に合うって言ったら、薔薇くらいか」
「似合いすぎて、怖い」
「そうよね」

 あのナルにバラの花束は似合いすぎる。
 絶対に、本人は持ったりしないだろうなとは思うのだけど。

 そんなことを考えていると、ぼーさんがあたしに聞いてきた。

「麻衣の好きな花は、何だ?」
「そうだなぁ。ツツジが好き。後、レンゲとか。このデンファレって、テンプラにして食べたりできるのかな」

 そう答えた後、ぼーさんが引き攣った笑みでこちらを見ていた。

「麻衣ちゃん、好きな花だよな」
「そうだよ。ツツジの花を取って、蜜を吸うの。美味しいよ。レンゲも蜜蜂が集めて、蜂蜜になるから好き」

 黙って聞いていた綾子が、フゥと軽く息を吐き出している。

「アンタの娘は色気より食い気みたいね」
「まだまだ成長期なんだろう」
「縦に伸びる時期は大方終わったと思うわよ。これから伸びるのは横にだけ」
「それは、オマエさんの体験から出た言葉なのか」
「まさか、一般論よ」

 二人の遣り取りを聞いていたら、ぼーさんがこちらを見た。

「麻衣、今日の晩飯、お父さんが奢ってやる」
「やったー」
「アタシ、イタリアンがいいわ」
「オマエさんは、自腹」
「アタシも成長期なんだけど」
「横にか」
「女子力を伸ばしてるところなの」

 綺麗に手入れされている爪を、ぼーさんの顔面に付きつけている。

「それ以上、伸ばすことはないだろう」

 女子力よりも引っ掻きそうな爪に、そう言ってるみたいだ。

「アンタには男の甲斐性を磨かせてあげるわ」
「いやいや、甲斐性はそんなところに使うものじゃないから」

 手を横に振って否定するぽーさんを尻目に、あたしと綾子で何を食べるか早速話し合っていた。

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