「ナル。お茶だよ」
ノックを2回して、麻衣が入室してくる。
トレイには温かい紅茶を乗せているのだろう。
零さないように、慎重に運ぶ姿は、何年経っても変わらない。
カチャリと音を立てて置かれたカップに手を伸ばす。
先程までの馬鹿げた会話を一掃するように、熱い液体を喉に流し込む。
「麻衣」
「んー、何?」
空になったカップをトレイに乗せて、出て行こうとする彼女を呼び止める。
「もう少し、言葉を選べ」
「何のこと」
「言葉足らずだったようで、ぼーさんとリンが勘違いして僕のところに来た」
「あー、そうだったね。二人してナルのところへ行くから、どうしたのかと思ったんだけど」
それだけじゃない。
「ぼーさんが言っていただろう」
「何か言ってた?」
「手塩にかけた娘が、と」
「あー、それね。なんでだろうね。ナルを育てたのは友達なのにね。
ぼーさん、梅吉くんと間違えちゃったのかな」
呑気に告げる麻衣の額に、デコピンをくらわす。
「いだっ。何すんの」
「まだ、分からないのか」
「だから、何?」
彼女が怒りのために頬を染めて、こちらを睨む。
その視線と同じ目線で睨み返した。
「僕の子だと思われたんだ」
「はぁ!?なんでぇ?ナルに赤ちゃん産めるわけがないでしょう」
そこか、オマエの思考回路はそこへ行くのか。
微頭痛を感じて、軽く頭を押さえる。
片手で側頭部を覆い、俯きがちな姿勢で、次の言葉を発した。
「僕が子供を産めないのは当たり前だ」
「だよねぇ。もぅ、変なこと言わないでよ」
ホッと息を吐き出している姿に、回答を口にする。
「僕と麻衣との子供だと、ぼーさんとリンは思ったんだ。そして、安原さん以外のみんなもそう思っていたのだろう」
彼らの言動を見ていると、そうとしか思えない。
何故、彼女はそう感じなかったのか。
不思議に思って、目の前にいる人物を見ると、先程とは違った色合いで頬が見事に染まっていた。
「な、なっ、なんで!なんで、あたしとナルの子供だと思ったの???」
耳まで真っ赤に染まり、慌てふためいている姿に、微頭痛が治まる。
「麻衣の言葉が足りないから」
だから、みんなが困惑したのだ。
そして、僕自身も。
ゆっくりと柔らかい頬に手を伸ばす。
染まる色と同様の熱を感じて、ソウッと包み込む。
「キスだけで、子供が出来るわけがない」
触れるだけの口付けから、貪るようなキスへと変化する。
「……ふ…っ、……ンッ」
温かい口腔内に誘い込まれて、絡む舌の弾力と粘膜の柔らかさに背筋がゾクゾクする。
「……ンぁ…ァ……はぁ…」
麻衣の吐息が耳を擽る。
このまま、もっと味わいたい。
背中に沿うように上から下へと手を動かせば、ピクリと肩を震わす姿に悪戯心が動いた。
「ぼーさんたちの期待に応えてみるか」
「……な…、……に…ぃ……」
目元を潤ませる恋人に、今よりも先のステップを進むため、なめらかな首筋にソッと唇を落とした。