通い慣れた道を人を縫うように歩いていると、ふと、目に付くモノがあった。
テナントが入っているビルに面したディスプレイだ。
マネキンたちが着ているどの服よりも、その床を彩るビー玉に目が吸い寄せられる。
透き通って光を弾く球体は、深海を思わせるような深青や色味を抑えた淡水など。色とりどりの涼しげな大小のガラス玉が散りばめられている。
その中でも、大きなビー玉に、あたしは目を奪われた。
「懐かしい」
あれは、小学校低学年の時だ。
授業の一環だったと思う。
学校に自分の宝物を隠して、地図を作り、友達とそれを探し出す探検をしたのは。
今は、沢山の宝物を持っているけれど、当時のあたしは宝物といえるものは持っていなかった。家にあるのは、全て、日常で使用するものばかりで、友達に自慢して見せられるようなモノは特に思い浮かばなかったのだから。
それでも、何か持っていかなくてはと思い、可愛い絵柄の付いた櫛を持っていったことは覚えている。
クラスのみんなで、校庭の好きな場所に宝物を隠して地図を描き、二人一組で、互いの地図を交換して探検する。
あたしが描いた地図を頼りに、友達が宝物を探し出す。
割と、すぐに見つかったと思う。
その後は、あたしが探したのだけど、見つからず、友達に教えてもらって、見つけ出したモノ。
それは、自身の手のひらに乗る大きなビー玉だった。
握りこんだ指の間から、覗くガラスの色に見惚れてしまう。
ジワリと自分の体温が、ビー玉に移っていくのを感じる。
今までに見たこともない大きさのガラス玉は、自分には宝物以外の何物でもなく、ボーっと見詰めていたのを覚えている。
互いに宝物を見つけ出したことで、探検は無事終了した。
櫛をカバンに仕舞ったあたしに、友達が持っていた大きなビー玉を寄越す。
「あげるよ、麻衣ちゃん」
友達の宝物を貰った嬉しさと、大事なものを譲られて、本当にいいのかという後ろめたさが、心を揺らす。
「いいの」
語尾が小さく跳ね上がる。
「いいよ。家に沢山あるし、麻衣ちゃん。気に入ったでしょう」
「うん」
欲しい気持ちが全面に表れていたことだろう。
友達にそう言わせてしまったのだから。
だけど、その時は、嬉しくて嬉しくて、家に帰ってお母さんにも見せた。
それから、そのビー玉は、ずっとあたしの宝物になっている。
「ふふふ、懐かしいな」
「気持ち悪い顔をするな」
背後から聞こえた声に、驚いて振り返る。
そこには、黒衣の麗人がいた。
「気持ち悪いとはなんだよ」
「オマエが百面相をするのはいいが、ガラス越しに見ている相手はどう思うんだ」
ディスプレイに見惚れているあたしは、反対側のことなど気にも留めなかった。
店内の通路にも面しているその場所は、確かに、人影が映っていた。
タラリと冷汗が脇を濡らす。
「ヤバッ」
慌てて、その場から遠ざかる。
先方を歩いていたナルに駆け寄った。
「ナル、ビー玉って、知ってるかな」
「麻衣が見ていたガラス玉のことか」
「うん、そうだよ」
歩きながら、小さいころの体験談を話した。
「子供のころ、一番の宝物だったの」
そう締めくくった言葉に、もう一つ付け足す。
「今はね、ナルがくれた、あの写真が一番の宝物だよ」
こちらの話を聞いているのかいないのか、相槌さえ打たない横顔を盗み見る。
まぁ、いいけどね。
あたしは、聞いて欲しかっただけだから。
それでも一方的に喋りすぎたかなと、少しの間、口を噤む。
「ジーンが写っているからだろう」
前を向いたまま告げられた言葉に、思わず頬が緩んでしまう。
「それもあるけど、あたしにくれたナルの気持ちが一番の宝物なんだよ」
この気持ちが、ナルに、伝わっただろうか。
ほんの少しでも、心に響けばいいのになぁ。
半歩先行く人を追い越すように、足を大きく前へと踏み出した。