be held 




 駅口から出たあたしは、視界の端に白いモノを見た。

「梅吉くん」
「にゃあ」

 白い猫に手を伸ばす。
 小さい頭を掌に擦り付けてくる、その姿が可愛い。
 フワフワの毛を撫でて、抱き上げる。

「ヌイグルミみたい。でも、温かくて気持ちいい」
「なぁぅ」

 梅吉くんの鳴き声に気を良くして、更に撫で摩っていると、背後から冷たい声で名を呼ばれた。

「ナル。梅吉くんだよ」
「麻衣」
「ぼーさんところの飼い猫だよ。ねぇ、梅吉くん」
「なぁ」
「スゴイんだよ。梅吉くん、人の言うこと理解できるんだから。ぼーさんは今日はいないの?」
「なぅ」
「今日帰ってくるの?」
「なぁ〜」
「そっか、ぼーさんによろしくね」

 背後の人物から放たれる冷気に、自然と膝が震える。
 温かい梅吉くんを手放すのは惜しいが、仕事ならば仕方がない。

「ばいばーい」

 白い猫に手を振って、先に行ってしまった上司に追いつくべく、早足で駆け出した。



★  ★  ★



【ぼーさん。麻衣ちゃんに会ったよ】
「そうか、梅、よかったな」
【ぼーさんに、よろしくだって】

 ぼーさんと、お風呂に浸かりながら今日会ったことを話す。

「麻衣、一人だったか?」
【ううん、黒い人と一緒だった】
「ナル坊とか」
【多分、その人】
「珍しいな、こんなオフィス街に二人が来るなんて」
【そうなの?】
「あぁ」

 外の夜景を見ながら、疲れを吐き出すように、ぼーさんが息を付いた。

【麻衣ちゃん。僕を抱き上げて、ヌイグルミみたいって言ったよ。
でも、温かくて気持ちいいって言ってくれた】
「そうだな。確かにヌイグルミには無いなぁ。この温かさは」

 生きている証拠だからなぁとぼーさんが呟く。

【麻衣ちゃん、黒い人が好きなの?】
「何、梅はそう思うのか?」
【うーん、黒い人、僕の趣味じゃないけれど、そんな気がしたから】
「まぁ、そんなところかもな。梅。ナル坊は趣味じなゃないんだ」

 ぼーさんがニヤリと僕を見て笑う。

【僕、ぼーさんの方が好き】
「おぉ!俺も梅が好きだぞ。今日は、一緒に寝ような」
【暖房機、替わりは嫌だよ。僕】
「湯たんぽとして可愛がってやる」

 長湯を好まないため、風呂から出るべく、ぼーさんに声をかける。
 僕を抱き上げて、タオルで水滴を拭い取ってくれる。
 大きな手が、優しく身体を包み込む。
 この手が、僕は大好きだ。

 普段、この部屋で楽器を弾いている指が、今は、僕の全身を労わるように撫で摩る。
 気持ち良くて、思わず声が零れる。

「次は、ドライヤーな」

 その声に、自然乾燥が好きな僕は、素早くぼーさんの手から逃れ出ることにした。


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