Mail order




 ジーンと一緒に、渋谷の事務所にやってきた。
 カロンとベルを鳴らして部屋に入ると、テーブルの上に置かれた荷物に視線が吸い寄せられる。

 A4封筒などの郵便物の下に、大きなダンボールが一つ鎮座していた。

「届いたんだ」

 傍にいるジーンが嬉しそうに呟いて、上に載せてある郵便物を退け、箱を取り出している。

 引きずり出された細長い大きさのダンボールは、ソファ前の床に置かれることとなった。

 ワクワクとした様子のジーンの横から、注目の箱を覗き込む。
 イギリスからの荷物かなと視線を伝票へと向ければ、国内便だった。
 しかも、サイドに書かれているのは、CMでおなじみの綴り文字。

「これ、欲しかったんだよね」

 ニコニコ顔のジーンが、開けた箱の中から服を何着か取り出している。

「通販したの?」

 あたしが、そう聞くと、「うん」と楽しげに頷かれた。

 いつの間に、そんなことを覚えたのだろう。
 疑問が顔に出ていたのか、ジーンが教えてくれる。

「リンが利用していたから、カタログ見せてもらって、買ってみたんだ」

 リンさんか。
 大きめサイズの服を取り扱っている店に行かないと、リンさんサイズの服は手に入らなそうだ。通販が利用可能なら、そっちで買った方が、時間と探す手間が掛からなくて、断然便利だろう。

 そんなことを思いつつ、ソファに座ってジーンの手元をなんとなく見ている。

「沢山注文したんだね」
「僕とナルの分だからね」

 事もなげに言われて、思わず突っ込んでしまう。

「ナルの分もあるの?」
「うん。ナルって自分の服装あまり気にしないから、定期的に僕が購入しているんだ」

 そうか、ナルの服って、ジーンが選んだものなんだ。

「もちろん、ナルに似合う服をチョイスしてるんだけど、僕も、偶に借りるときがあるから、なるべく、どちらが着ても変じゃないのを選んでいるんだけどね」

 別に、ジーンがナルの服を着ても、変じゃないと思うけれど。
 どっちかって言うと、ジーンの服をナルが着る方が、変に思うかも。

 洗い晒しのジーンズに、ヨレヨレのYシャツ姿のナルを思い浮かべる。
案外、それはそれで似合っている気もした。

「イメージっていうものがあるからね。あまり、ナルに似合わないモノは着せたくないかな」

 箱から何点か服を取り出して、自分用とナル用に選別しているジーンが言う。

「ほら、下着なんて5枚組なんだよ、お得だよね」

 靴下かと思いきや、柄物パンツを見せられて、目を瞬かせてしまう。

「ジ、ジーン」

 焦って、横を向きながら、視線の先にあるものから目を逸らす。

「服は選り好みがあるけれど、下着はナルと一緒」

 嬉しそうに言われて、「ソウデスカ」と返す言葉は、棒読みに近かった。







「麻衣、お茶」

 所長室からナルが出てきた。

 そういえば、今日ここへ来た時間は、いつものお茶の時間より遅かったことを思い出す。

「ナル。これ着てみて」

 ジーンが袋に入ったままの洋服を何点か掲げている。

「オマエが着ればいいだろう」
「えー、僕とナルは同じ体型だけど、試着してくれたっていいじゃん」
「却下」
「着るのはナルだよ」
「オマエに任せる」
「ん。絶対に着てよね」

 アッサリと要求を引っ込めて、掲げた服を今度は両手で抱え込んでジーンが立ち上がる。

「今から試着するから所長室借りるね。ナル」
「ジーン」

 ナルが眉間に皺を寄せて、難色を示す。
 それを、所長室のドアに手をかけたままのジーンが受ける。

 数秒の沈黙の後、ナルが溜息を吐き出した。

「自宅へ荷物を送ればよかっただろう」
「だって、こっちの方が確実に誰かいるし、返品するとしたら、リンからやり方を、すぐ教えてもらえるからね」

 そう言って、所長室へと身体が滑り込んだかと思うと、扉からヒョコリとジーンが顔を出す。

「麻衣、覗きに来てもいいからね」
「いかない」
「でも、お茶は所長室に持ってきてね」

 パタンと音を立てて、扉が閉まる。

 残されたあたし達は、揃って顔を俯かせ、長い息を吐き出した。










 ソファに座ってお茶を飲んでいると、ジーンが所長室から出てきた。

「もう、麻衣。所長室にお茶だって言ったよね、僕」
「どうだった。サイズとか合ってた?」

 あえて無視して、別の話題を振る。

「んー、そうだな。やっぱり何点かは返品だね」
「どこか合わなかったの?」
「カタログでは良さそうに見えたけれど、実際着てみると、こうなんていうか合ってない感じがしてさぁ」

 ふーん。そういうものなのか。
 通販て便利そうに見えても、実際に目で見て試着してみると違うものなんだな。まだ、利用したことはないけれど、今後利用するときの参考にしようとジーンの言葉に耳を傾ける。

「リンに返品の仕方を聞くとして、やっぱり、実際に見て買い物しないとね。だから麻衣。今度一緒に買い物行くから付き合ってよ」
「いいけど……。男の子モノなんて選べないよ、あたし」
「いいよ。僕が着た物が似合うか似合わないか、見てくれれば」
「それなら、いいよ」

そのくらいの判断なら、出来るだろう。

「うわーい。ありがとう。お礼に、麻衣の服を選んであげるね」
「いや、いいよ。あたしの服は綾子たちと買い物に行ったときに見てくるから」
「いいじゃん。僕にも選ばせて。ねっ。お願い」

 両手で拝むようにして頭まで下げられ、まぁ、いいかと了承の意を込めて頷く。そんなあたしを見た後、嬉しそうな笑顔を振りまいて、ジーンが唐突にナルへと話を向けた

「この間、ヤッスーから聞いたんだけど、ナル知ってた?」

 今まで会話に加わらず、黙していたナルにジーンが言葉を続ける。

「男性が女性に服を送るのは、その服を脱がせたいからなんだって」
「そうか」
「だからね、麻衣。僕たちの服を麻衣が選んでね。そうしたら、僕たちが麻衣の服を選んで、贈るから」

 ナルと会話していたと思ったら、今度は、あたしに話が向けられた。

 いやいや、ジーン。言っている意味が解んない。
 安原さんが言っていた内容と、今の言葉は噛みあっているのかいないのか……。

 困惑顔でジーンとナルを見る。

「麻衣が選んでくれた服を着た僕たちを脱がすのは麻衣で、僕たちが選んだ服を着た麻衣を脱がすのは僕たちということだよ。分かった?」

 ますます混乱するあたしに、ナルが憮然とした声で言う。

「それぞれ脱いだ方が早い」
「それだと、ロマンがないでしょう」

 ジーンの素早いツッコミに、ナルがヤレヤレと肩を竦めている。

「麻衣の服を脱がすのは僕たちで、僕たちの服を脱がすのは麻衣ってこと」

 今度こそ、分かったよね。と満面の笑みで告げらた言葉に、ソファから立ち上がったあたしはクラリと眩暈がした。




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