這う這うの体で舞台袖に帰ってきた。
「なんだいまのツッコミは、あれでは何を指して言っているのかわからないぞ」
私の横で主上が怒っている。
「どこから入っていいのか、わからなかったんです」
「では、私が悪いのか」
「主上」
私は、げんなりした顔で主上を見た。
いったいなぜ、こんなことになったのだろう。
いきなりある日、主上が私に言った。
「景麒、漫才しないか?」
「はぁ」
何を主上がおっしゃっているのか、言われた私は全く分からなかった。
「こちらにはないが、私がいた日本で民間に広く慕われているものだ」
主上は蓬莱の国で育ったので、時々私の分からない言葉で話をする。
今回言われた「漫才」なる言葉も、やはりあちらの言葉だ。
「その『まんざい』とはいったいなんなのですか」
「人々を自然と笑わせることができる話術だ。
慶の民は復興で大変苦労をしている。骨休みに人々に笑いを提供したいんだ」
意気揚々と告げる主上に、黙笑する。
「そのようなこと、別の誰かにやらせればよいものを」
「やはり王である私自らがやってみなければ、他の者もついてはこないだろう」
なんでもご自分でやるのはいいことだと思うが、今回のことは少し頭をひねる。
「もう、遠輔には話してある。三公も賛成してくれたぞ」
本当だとしたら、よほど民にはいいことなのかもしれない。
王の勅命で決めたのでなければ、だが。
「しかし、あなたがやるのは分かりましたが、なぜ私もそれをしなければいけないのですか」
「一人でもできるが、おまえがいるのだから、二人の方がいいだろう」
そういうものなのだろうか。
そうして、私と主上の2人でネタを考えて何回か練習し、実演してみたのだが。
「実際にやってみると、練習どおりにはいかないものだ」
本当にそのとおりで、全然打ち合わせにない言葉を使われて、どう切り替えして良いのか分からなかった。
いきなり町に降りてやってみるのは、さすがに2人で考えて止めにしたものの、いったい
誰の前で披露するかということになって、2人は景麒の使令相手にやってみせたのだ。
しかも、舞台に立って。
使令としてはいい迷惑だろう。
練習の時から、影で聞いていたのだから。
「よし、今度はもう少し練習して、遠輔や鈴たちの前でやろう」
まだやる気ですか。
いい加減、主上本来の仕事に重点を置いて欲しいのですが。
「何をいう。ちゃんと仕事はこなしているではないか。これも公務だ。景麒」
「主上」
「慶の国で漫才がはやったら、国中で笑いの絶えない国になるぞ。 雁王たちにも見せてあげなきゃ」
本気ですか。
あの人達にもこの漫才を見せるなんて。
真剣な主上を見ていると、冗談ではないことくらい分かる。
誰か主上を止めて下さい。
オマケ
「おぉ、ここだ」
とあるビルの前に一人の少年が立ち止まる。
周りの人々は別段彼を気に留めたものはいない。
彼は雁の麒麟だ。
「陽子が、いま漫才を特訓中と楽俊に言っていたな。
どうせ見るなら本場のものを見て、様子を知っておきたいからな」
そういうと、彼はビルの中に入っていった。
ビルの建物の名前はもちろん、なんばグランド花月。
彼がその後、ハリセン持って慶国の2人に会いに行くのはまた別の話である。