Present 

※ ジン麻衣で死ネタです。
  苦手な人は、回れ右してください。

 かえの書く話ですから、重い感じはまったくないですが、読めない方は無理しないで戻ってくださいね。



 問題ないという方のみ、スクロールして、お読みください。













「麻衣の為だというのなら、あたくし協力は惜しみませんわ」

 鏡に映る自分自身に、愛くるしい笑顔を向けて、黒髪の少女は一人頷いていた。





「さよなら、麻衣」

 ドンと突き上げるような衝撃が来た後、浮遊感を伴う不安定さで足が地面から離れる。首を捻って後方を見ると、そこには、艶やかな黒髪を風に靡かせて微笑む親友がいた。
 何故!どうして?
 その言葉だけが脳内をグルグルと周り、他のことは何一つ考えられない。

 霞む視界の中で、我慢できないくらい耳障りな音が轟轟と響き渡り、指一本も動かせない身体からは、あたしの意思に反して温かいモノが流れ出て行く。
 それを止めることも出来ず、只々、真砂子から受けた仕打ちだけを考える。

 こうして、あたしは、死んだ。
 真砂子に殺されたのだ。






「聞いてますでしょう。麻衣。あたくしの傍にいらっしゃるのでしょう」
 
 真砂子の個室。
 自宅の一人部屋で、彼女があたしに話しかけている。
 あたしは、その傍で佇み、唇を噛みしめて黙り込む。

「あたくしには、もう麻衣の姿は見えませんの」

 残念そうに吐息を零す姿を、息がかかるくらいの間近で見ているが、彼女は何の反応も返さない。本当に、真砂子には見えていないのだとしても、気配位は解るだろうと思っていたのだが。

「気配すら感じ取ることも出来ませんのよ。能力が衰退していますの。それは、ナルも同じこと。もう、サイコメトリは出来ません。ですから、麻衣に何が起こったか知りたいと願うのなら、リンさんに招魂していただくしかありませんの」

 すべらかな頬に手をあてて、困ったように言う真砂子の髪がサラリと揺れ、艶やかな黒髪が肩先から胸元へと、緩やかに滑り落ちて行く。
 それを、暗澹とした気持ちで、あたしは見詰める。

 リンさんが魂寄せをするのなら、そのときに全てを話すだろう。
 真砂子が、あたしを殺したのだと。

 そう決意して、真砂子の顔を、あたしはジッと見据える。
 視線の先では、思わず啄んで塞いでしまいたくなるほど可愛らしい唇が、絶え間なく動いていた。

「あたくし、ずっと待っていましたのよ。麻衣に好きな殿方が出来ることを。なのに貴女ときたら、ずっとジーン一筋ですもの。もう、5年も経ちますのにねぇ。本当に一途なことと呆れ果ててしまいましたの」

 この言葉に、もう脈打っていない胸元がギュッと締め付けられる。
 確かに、あたしはジーンを好きだった。
 そして、過去形にしてしまえるほどの年月が、月日を跨ぎ経過していた。

「あたくし、何度かナルに告白しては振られていますのは、知っているでしょう。諦めようとして、ずっと、心の中で、もう好きじゃないと繰り返し唱えていましたのに、一向に、好きと言う気持ちは無くなりませんの。
 自分でも、諦めが悪いとは解っていても、それでも、好きなのは仕方がないことでしょう。麻衣」

 真砂子が、優しい笑みを浮かべて、あたしに問いかける。
 頷くこともせず、あたしは真砂子の独白を黙って聞き続けた。

「ナルは、今年いっぱいで事務所を閉めて、イギリスに戻りますわ」

 そこで、一つだけ深く息を吐き出して、真砂子は茫洋とした視線を宙に投げかけた。

「麻衣は、SPRに就職なさるのですわね。そして、ナルと共にイギリスへ行くのですわ。あたくしも、ナルと一緒に着いていきたい。でも、それは叶わないんですのよ。ナルにとって魅力のある能力は、あたくしには、もうありませんもの」

 暗く影を落とした目元を隠すように、顔を俯かせる真砂子。
 その姿を目に捉えて、あたしは今までの記憶を思い起こす。

 ナルの被験者になることで、大学の授業料のほとんどをSPRから支援してもらっていた。そして、卒業後はSPRへの就職も義務付けられていたのだ。
 ナルの仕事に貢献できるあたしに、真砂子は嫉妬したのだろうか。
 それで、あたしを殺したのか。

 背中に衝撃を感じ、最後に見た真砂子の姿を思い浮かべて、あたしは拳を握りしめる。あたしを殺したことへの核心に近づいてきた真砂子の口調は、熱を帯びて再びあたしに語りかけてくる。

「もう、残された時間はあまりありませんでしたから、あたくし、考えましたのよ。麻衣が好きなジーンの元に、貴女を送り届けるのにはどうしたらいいのかと。ジーンのことを今でも好きだと言って、麻衣は、他の方には目も向けません。それなら、ジーンと一緒に添い遂げた方が幸せなんじゃないかと思いましたの」

 そう言い切った真砂子の目には、狂気にも似た焔が燻っている。
 それを感じ取って、あたしは一歩、彼女から遠ざかる。
 真砂子の声が追いかけるように、あたしの意識を絡め取っていく。

「ジーンのところに行く為には、死ぬしかありません。しかも、ただの死ではダメです。事故で突然亡くなるのではなく、自殺するのでもなく、誰かに殺されなくては。ジーンと同じ状況下になって、ようやく彼の元に行けるのではないかと、そう思ったのよ、麻衣」

 先程とは違い、慈愛が籠もった眼差しが誰もいない空間に注がれる。
 甘く蕩けるように語りかける真砂子に、あたしはもう通っていない血の気が引くのを感じた。

「それも、意識がはっきりしている状態で死亡しなくてはダメ。誰かに、殺されたと解ったまま死ななければ、自分が殺されたと思わずに、麻衣は成仏してしまいそうですもの」

 クスクスと笑う真砂子の無邪気さに、あたしは身動きできず、視線を彷徨わせる。

「もう、ジーンとはお会いになったのかしら、麻衣。答えていただいても、もう、あたくしには、わかりませんわね」

 肩を竦めて首を振る真砂子に、あたしは何も声をかけることは出来なかった。








 リンさんに呼ばれている。
 あたしは、澄んだ音に惹かれるまま、その場所に降り立った。

「麻衣!」

 ぼーさんが、あたしを呼んでいる。
 綾子が涙ぐんでいる。
 安原さんが、あたしをジッと見ている横で、ジョンが眦を下げて、弱弱しく微笑んでいる。
 リンさんが炎を揺らめかせて、あたしに声を掛ける。

「谷山さん、聞こえますか」
『はい』

 あたしの答えに、リンさんの傍にいたナルが頷いた。

「何があった」

 ナルの声には、熱がなかった。
 いつもの平坦な口調は、あたしに懐かしさと苦しみを齎した。

「あたくしのせいですわ」

 真砂子が、ナルの横で顔を覆う。

「あたくしが誘ったんですの。麻衣と旅をしたいと。山に、綺麗な花を咲かせる丘があると聞いて、見に行きたいと言ったら、麻衣も賛成してくれて。まさか、あたくしが霊に身体を乗っ取られて、麻衣を崖から突き落としただなんて。ごめんなさい、麻衣。あたくし、あたくし……、どんなに言葉を述べても、お詫びのしようがありませんわ」

 身も世もないと泣き叫ぶ真砂子に、綾子が寄り添って、背を摩り宥めている。
 あぁ、そういうことなのか。
 あのとき、真砂子は正気じゃなかった。
 あたしを崖から突き落としたのは、霊の仕業だったんだ。

 そう、皆は信じているのだろう。
 でも、あたしだけは知っている。
 真砂子は、あの時、何にも憑かれてはいなかった。

 これは、あたしが彼女に犯させた罪なのだ。

「麻衣、ごめんなさい」

 真砂子が咽び泣き、ひたすら謝る言葉が耳を素通りしていく。

【貴女の為ですわ、麻衣。恋しい人の元へと辿り着くようにと、送り出しましたの】

 聞かされた言葉が、頭の中で繰り返される。

 背後から真砂子に突き落とされて、あたしは死亡した。
 即死ではなく、崖下に放置された末に、あたしは息を引き取った。
 その間、生死の境を彷徨って、あたしはココに残ってしまった。
 どうして自分が死んだのか、納得が、いかなかったからだ。
 さっさと成仏してしまえばよかったと、泣き叫ぶ真砂子の姿を目にして思ってしまう。

「麻衣」

 ナルが、あたしを呼ぶ。
 あたしは、どう返せばいいのか分からないまま、首を横に振る。
 今更、何が言えるだろう。
 もう、あたしには、未来につながる道は残されていないというのに。
 リンさんがつけた蝋燭の炎が大きく揺らめいた。
 あぁ、もう、時間だ。
 何も話すこともなく、そこにいるかつての仲間たちの顔を見詰めて、あたしは、みんなの前から姿を掻き消した。







 とろりとした重みを感じる黒闇の中に、あたしはいた。

「麻衣」
「ジーン」
「来てくれたんだね」

 笑顔で迎え入れてくれる胸元に、あたしは素直に身を預ける。

「うん、そうだね」
「嬉しいよ、僕」

 耳元で囁くように告げられて、思わず伏せていた目を瞬かせる。

「嬉しいの、ジーン」

 あたしの素朴な疑問に、顔を輝かせて頷いている。

「うん、ここは一人では寂しい場所だから」
「そう……、だね」

 時間という概念のない空間に、一人でいるのは、心許なく寂しいのは解る気がした。

「麻衣は、もう、かえらないね。僕と一緒に、ここにいるよね」

 ニコニコと笑うジーンに、あたしは緩く頷いた。

「麻衣と一緒なら、僕も寂しくないよ」
「寂しかったの、ジーン」
「うん、とっても寂しかったんだ」
「そう」

 嬉しいと顔や態度に表れているジーンに、あたしはつられるように笑顔を向けた。
 これでよかったのだ。
 親友に死というプレゼントを寄越されて、無理やりに受け取らされたけれど、それで喜ぶ人がいるのなら、自分の死には意味があったのだと、荒みそうになっている心が慰められる。

 あたしを抱きしめて喜んでいる人が、酷薄した笑みを浮かべているのに気が付かないまま、彼の背中に手を回してギュッとしがみついた。



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