Pumpkin




「ナル、お茶だよ」

 机上に麻衣がカップを置く。
 何気に見たモノに、一瞬、目を瞬いた。

「あのね、パンプキンパイも持ってきたの。少しだけでも食べない?」

 パイが乗った皿を手に取り、笑顔付きで、こちらに勧めてくる。
 その麻衣の姿を、もう一度、視認してから、留めていた息を吐き出した。

「いったい、なんのつもりだ」
「何が?」
「ここは、いつから遊び場になった」
「えっ、遊び場じゃないでしょう。職場だよ。ここ」

 麻衣の言葉に頷き、冷やかに目の前にいるモノを睨みつけた。

「それなら、これはなんだ」
「かぼちゃだよ。そう見えるでしょう」

 麻衣の頭から顎にかけて、スッポリと覆い被さっているモノ。
 かぼちゃの被り物を身に纏った麻衣が、嬉しそうに言う。

「コレ、結構横長で幅取るんだ。縦に長いと、ピーマンになっちゃうからだって、作ってた子がそう言ってたよ」

 確かに、縦に比重が長い方が、視界を遮らず動きやすそうだと思ってみたが、普段の日常に、こんな被り物が必要であるはずがない。

「ハロウィンは、とうに終わったぞ」

 暗に、職場で遊ぶなというイヤミを込めて、被り物を、まだ付けたままの麻衣を蔑むように見る。

「そんなの、とっくに終わっているのは、分かってるよ」

 本当に、分かっているのかどうか。
 かぼちゃの形をした被り物から覗く笑顔は、一向に衰えることはない。

「ナル、かぼちゃ嫌い?」
「好きではないな」
「かぼちゃとかぼちゃ人間なんでしょう」
「何の話だ」
「ジーンが、そう言ってた」

 あの馬鹿。
 僕のことを、かぼちゃか、かぼちゃ人間の、どちらかとしてしか認識していないと言ったのは、確かにジーンだった。
 それを麻衣に話したのだろう。

「ソレを被る意味はなんだ」
「だって、ナルには、こう見えるってことなんでしょう」
「バカか。比喩に決まっている」
「ひゆ?」
「物の例えだ。そんなふうに見えるわけじゃない」
「えー、そうなんだ。てっきりナルって、こんな感じに見えているのかと思ってた」

 本当にコイツはバカだろうと、冷めた視線を向ければ「おぉ、寒い」と二の腕を摩る麻衣がいた。

「いい加減、ソレを取れ。仕事の邪魔だ」
「取るのはいいんだけど、コレ引っこ抜くのが大変なんだ」

 被り物を取るように、麻衣が顎に両手を添えて、上に持ち上げる仕草をする。

「うわーん、ナル。前が見えない」

 中ほどまで、持ち上げたかぼちゃの被り物は、麻衣の目と鼻を隠していた。
 顔が覗いていた場所は、今は大きな空洞で、口元しか見えないかぼちゃが僕に助けを求めている。

「そのまま退出して、外の連中に助けてもらえ」
「酷い。助けてよ、ナル。部下が困ってるのに見捨てるな。所長さま。お願い」

 被り物を両手で支えている姿で僕に懇願する様は、喜劇としか言いようがない。
 これ以上煩いのは御免だと、所長室の扉を開けた。

「ありゃゃゃ、麻衣。脱げなくなったのか」
「ぼーさん」
「谷山さん。大丈夫ですか」
「安原さーん」

 扉の傍にいたのは、この二人。
 ソファーには、他に4人の姿があった。

「騒ぐのなら、外に出てからにしろ」

 トレイにパイ皿を乗せて、事務員に手渡す。

「ほら、麻衣。ナル坊が怒ってるから、このまま、こっちこい」
「えっ!こっち、こっちでいいの?」

 視界が遮られている麻衣の腕を引いて、ぼーさんが部屋から退出する。
 閉じられる扉の向こう側で、笑い声が響く。

 静かになった室内で、ようやくお茶が飲めるとホッと息を吐き出した、




◆   ◇   ◆




「ナル。パンプキンバイだよ」
「いらない」
「じゃあ、カボチャスープ」
「いらない」
「それなら、煮物はどう」
「麻衣!」
「なによ、これも食べないのなら、丸々一個、ナルに押し付けるからね」

 ドンと置かれた、かぼちゃに、今度も、深く溜息を吐き出す。

「いったい、何の用だ」
「だから、かぼちゃだって。アレ言ってなかった、あたし。下宿のおばーちゃんから貰ったの。店子全員1個ずつ。だけどね、一人で丸々一個は食べきれないから、みんなでいろいろ料理して、使い切ろうとしたんだけど、やっぱり、全部は使い切れなくてさぁ。保存用に冷凍庫にも入れたりもしたけれど、それでも、余ったから、ナルにお裾分け」

 長い説明に呆れた僕は、麻衣に持ち帰るよう視線で促した。

「ダメだからね。ナル、今日。お昼食べてないでしょう。ほら、一口でいいから食べる」

 パンプキンパイを一口分フォークに突き刺して、こちらに向けられる。
 ムッと口元を曲げれば、麻衣が笑顔でフォークを更に、こちらへ付きつける。

「これすら口にしないのなら、リンさんにかぼちゃ丸々一個手渡して、半分以上をナルに食べさせるようにしてもらうからね。リンさん料理上手だから、美味しく仕上げてくれると思うな」

 さぁ、どうだ。という笑顔で、こちらを見上げる瞳に抗いきれず、閉じていた口を開く。

「よし。いい子」

 咀嚼して飲み込めば、次も食べる?と一口サイズのパイが口元に当てられる。

「一口だけだ」
「もう、一口いってくれてもいいんだよ」
「調子に乗るな」

 用件は終わったとばかりに、麻衣に命令する。

「麻衣、お茶」
「はーい。ボス」

 ニコニコ笑顔で部屋を出る麻衣に、当分かぼちゃは見たくないと思った。





◆   ◇   ◆




「リン」

 小脇に抱えられた物体から、視線を逸らす。

「谷山さんから、いただきました」
「一人で処分しろ。僕は、いらない」
「分かりました」

 微かな笑みは、麻衣との遣り取りを知っているからなのか。
 長身の部下よりも数歩前を歩いて、視界からヤツの姿を消し去った。



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