時間があれば、通いまくっている事務所に一際存在を現すものが、出現していた。
「おっ、今年もクリスマスツリーがお目見えか」
「いいでしょう。事務所が華やかになるよ」
麻衣が、ニコニコと笑ってオーナメントを飾り付けている。
「そういえば、ムスメよ」
「何かな、パパ」
「このツリーはどうしたんだ。あのとき、嬢ちゃんの事情を知らなかったから、麻衣が買って、業者にでも運び入れてもらったと思ったんだが」
「そんなワケないじゃん」
飾り付ける手を休めず、麻衣が否定する。
それを見遣って、ツリーの葉をポンポンと叩きながら続けた。
「だな。で、どうやってこの事務所にツリーを運び入れたんだ」
暗に、このツリーはどうやって手に入れたのかも聞いている。
それを悟ってか、麻衣が飾り付ける手を止めて、こちらを振り仰いだ。
「そ・れ・は・ね。下の喫茶店のマスターから譲ってもらったんだよ」
「マスターからね」
指を床に向けて、下へと顔を向ける。
「うん。ツリーを新調したから、古いのを処分しようとしていたのを見かけて、つい、譲ってくださいってお願いしちゃった」
テヘッと舌を出しながら言う娘に、可愛いヤツめという眼差しを向ける。
「じゃあ、麻衣がここまで運び入れたのか」
「そうだよ、エスカレーター使って、簡単に二階まで運べたんだけど、廊下をズルズルと引きずって持ち運ぶのには、ちょっと体力がいったな。まぁ、調査で運ぶ機材に比べたら、大きいだけで重さはそんなにないから楽と言えば楽だったんだけどね」
機材に比べたら引きずっても、問題はないよな。
うんうん、機材は引きずったら大変なことになる。
毎回行う機材運びの重労働を思い浮かべて、ブルッと体が身じろいだ。
暖房効いてるのに、寒気がしたぞ。今。
「ぼ、ぼーさん」
麻衣も同様の寒気に襲われたらしく、どもっている。
「しっかし、よく、ナル坊やリンが事務所にコレを飾るのを許したよな。あの頃の二人の愛想のなさは、半端なかったぞ」
今年は、文句も出ず飾られることが決まっている、ツリーを改めて見る。
去年よりも、古ぼけているオーナメントが緑の葉に趣を添えていた。
「うん、あたしが飾り付けていたら、二人が部屋に入ってきて、即、撤去ってナルが言ったもん」
「だよな。でも、撤去しなかったんだよな。麻衣は」
「そーだよ。せっかく譲り受けたツリーなんだから、この殺風景な事務所を彩るためにも、役立てたかったんだ」
サワサワとツリーを撫でて、麻衣が目を細めている。
当時のことを、思い出しているのだろう。
「俺も手伝うから、何かないか」
目を瞬いてから、麻衣が白い綿を寄越した。
「これを、お願いしまーす」
「ほいよ」
雪に見立てた、綿を引きちぎって、ツリーに飾り付ける。
ふと、思いついたことがあって、麻衣に訊ねてみた。
「このツリーは、普段どこに仕舞ってあるんだ」
麻衣が持ち帰るワケがないし、リンやナル坊だって、自宅には置かないだろう。
そうすると、やはり、
「出番が来るまで、事務所で保管しているよ」
「けっこう、嵩張るだろう」
オーナメントは、箱に纏めて仕舞えば嵩は取らないが、モミの木はかなり置き場所をとるはずだ。レンタルなら返却すればいいが、これを仕舞っておける場所って、何処だ?
疑問を口にすると、麻衣がアッサリと回答を寄越した。
「リンさんの機材室に置かせてもらってる」
「あの部屋にか」
背の高い男が、いつも籠っている部屋を思い浮かべる。
あの部屋の、いったいどこにツリーをおけるというんだ。
「去年、飾ってみたものの、すぐに捨てられちゃうと思って、ダメ元でリンさんにお願いしたら、自分が仕事している部屋に置いてもいいって言ってくれたの」
ナルに言っても無駄だと理解している娘の直観力は正しいものの。よく、リンが許したよな。場所を取るツリーを保管するなんていう親切な対応は、当時のリンから、感じ取れなかったのだが。
麻衣が少し俯きながら、それでも嬉しそうに話を続ける。
「あのね。ほら、ジョンに頼まれて教会に行ったじゃない。あの後、お願いしたら、リンさん、置いていいって言ってくれたの」
あぁ、ケンジのときか。
あの時は、リン大変だったものな。
罪滅ぼしというわけじゃないが、懐かれた麻衣のお願いに思わず頷いたというところか。
貰った綿を全部雪に変えたため、手持ち無沙汰な指が丸いボールを揺らす。
「まぁ、今年も、クリスマスツリーを飾れてよかったな、麻衣」
「うん」
満面の笑みで見上げられ、こちらも嬉しくて微笑み返す。
来年も、ここでみんなとクリスマスが迎えられるといいよな。
そんなことを思いながら、頭上に大きく煌めく星に手を伸ばした。