「やだっ、ナル動かないで」
「麻衣。数はもういいのか」
「数えているから、動かないでって頼んでいるでしょう」
「行動の自由を制限されているのだから、これくらいは譲歩してもいいのでは」
彼女の胸元を飾っているリボンを、指先で少しずつ引っ張り、整えられたカタチを崩していく。
ほんの少しだけ、力を込めて動かす指先の振動に、麻衣の集中力はリボン同様にあっけなく崩される。
シュルリと音を立てて、布が手元に収まる。
「ナルぅ」
普段よりも甘えた声で僕を呼ぶ麻衣の声色に、ピクッと身体が反応する。
呼ばれた声に誘われるように、麻衣を下から見上げれば、伏せた睫毛が、陰影をつけて少女の目元を覆っていた。
その眦に、自然と視線が吸い寄せられる。
顎を捉えて、薄く柔らかな肌に唇を寄せようと身を乗り出した。
カロンと事務所へ来客を告げる、ベルが鳴る。
「こんにちは。アレ、僕、お邪魔しちゃいましたか」
もう一人のアルバイト。
安原がこちらを見ながら、少しも悪いと思っていない笑顔を向ける。
「安原さん、何か、飲みますか」
麻衣が、サッと僕から離れて、身体ごと彼へと向き直る。
「そうですね。谷山さんたちが飲んでいたものと同じものをいただけますか」
「はーい」
テーブルに置かれた二つのカップをトレイに乗せて麻衣が給湯室へと引っ込む。
「所長。リンさんはお出かけですか」
「消耗部品の買い出しに行っています」
説明しながら立ち上がり、所長室へと足を向ける。
背後に感じる、安原の笑顔の矛先は、自然と麻衣へと向けられることだろう。
彼女が僕と密着していた理由が明らかになるのは、紅茶を入れるために使う砂時計が落ち切る前か後か。
手のひらに未だ収まったままの、リボンをヒラリと翻し、所長室の扉をバタンと閉じた。