〜 デンファレ 〜
「お似合いの二人」
「有能」
「魅惑」
「わがままな美人」
今、カズちゃんとアパートから2駅のスーパー銭湯に来ている。
近所のお風呂屋さんとは違い、大浴場他、いろいろなお風呂が堪能できる場所だ。
あたしたち貧乏人にも優しい料金設定は嬉しいが、毎日通うのは無理がある。
距離が微妙に遠いのと、優しいと言っても、家計には響く金額なので、月1.2回が限度だった。
そんなわけで、久々の大浴場を堪能しようと、女湯入口の暖簾を潜った。
「谷山。ほら、見て見て」
カズちゃんが嬉しそうにあたしを呼ぶ。
「何?カズちゃん」
「ほら、これ見てよ。すごいよね」
水風呂よりは高めだが、他のお風呂よりも温めの一角に、沢山の花が浮いていた。
「今日は、花風呂だって。谷山、こういうの初めてじゃない」
「うん、初めて。へー、紫の花なんだ」
ジャバジャバとお湯をかき分けて、花風呂へと身体を浸からせる。
プカプカと浮く花たちを見て、ツンツンと指で押し突いた。
「なんていうお花かな」
「あそこに説明が書いてある。谷山、読める?」
「うん、大丈夫」
ボードに書かれている花の名前。
全く知らない単語に、この花はそういう名前なのかと納得する。
名前に続き書かれている花言葉に、思わず職場の上司の顔を思い浮かべた。
「ねー、綾子。デンファレって花を知ってる?」
「知ってるわよ」
「じゃあ、花言葉も知ってたりする」
「確か、魅惑じゃなかったかしら」
「そう、それとね。他にもあって、【有能】【わがままな美人】だってさ。これ聞いて、誰かの顔を思い浮かべない」
「ここの所長様よね」
「だよね。あたしもそう思った」
お風呂場に浮いていた花たちが、脳裏を過る。
あの花言葉を見た時、思い浮かんだのは、ナルだった。
ぴったりすぎて、ビックリしたことを綾子に話聞かせていたら、ファイルを持った当人が所長室から出てきた。
「松崎さん、ここは喫茶店ではないのですが」
「分かってるわよ。調査員との有意義な会話を楽しんでいるだけよ。仕事の邪魔はしてないわよ。ねぇ、麻衣」
「うっ、うん。ナル、何か用?」
麻衣がナルに近づいて、訊ねている。
テーブルの上に置かれたカップを口元へと傾けながら、二人の遣り取りを視界の隅に捉える。
「これを纏めておけ」
「えー、何、この大量の用紙は」
「本部から送られてきた書類だ」
「英語表記のものをあたし一人で纏められるわけないじゃん」
「見出しは付いてる」
「付いてても、どう分類すればいいのか分かんないよ」
「リンにでも聞け」
「リンさんにも聞くけど、ナルは教えてくれないの」
「何のためのバイトだ。オマエは」
「もちろん、お仕事を潤滑または円滑に進めるためのバイトですよ。でもって、それをするために所長自らが手伝ってくれてもいいじゃないの」
「そんな暇はない」
「暇は作るものなの」
まだまだ続く二人の遣り取りに、フゥと息を吐き出す。
「デンファレねぇ。ナルにピッタリだけど、もう一つの意味は、この二人のことなんじゃないかしら」
【お似合いの二人】
まだまだ続く言葉の応酬に、誰か来ないかしらと新色ルージュの唇を動かしながら呟いた。