「ナル前髪、邪魔じゃない?」
煩わしそうに、前髪を掻き上げる所長にそう進言する。
「あぁ」
言葉は返ってくるけれど、目線は、大好きな文字を追っているようだ。
「切ればいいじゃん」
「面倒」
いやいや、毎回煩げに髪を掻き上げる方が、面倒だと思うんだけど。
その後は、何も言葉が返ってこない。
没頭している博士に、あたしは小さく肩を竦める。
「邪魔にならないように、縛ってみたらどうかな」
この提案は、何故かアッサリと受け入れられた。
一掬い髪の毛を取り、髪ゴムで縛る。
うわっ、思った以上にサラサラしてる。
何で、こんなにコンディションがいいんだ。
ナルの髪質め。
よっぽどいいシャンプーでも使っているのかと、匂いをフンフン嗅いでいると、「鼻息が煩い」とナルに怒られた。
怒りに任せて、キュッと強く髪をゴムが落ちないように引っ張る。
ピョンと一房だけ飛び出ている髪型に、思わずプッと笑いが零れる。
顔を顰めることなく本に目を滑らす所長様に、お茶を入れるべく部屋を出た。
「谷山さん」
「はい、なんでしょう」
「アレは、いったい」
「可愛いでしょう。ナル前髪が邪魔だったんで、縛ってみました」
「……」
安原さんが、絶句した後、すぐに立ち直ったようで、今度は携帯を取り出してムービーを撮っていた。
ムービーで撮っても、ページを捲る指しか動かないから、あまり意味がないと思うんだけど。
一通り満足したのか、携帯を仕舞い、安原さんがこちらに話を振ってきた。
「額全開の所長は、インパクトありますね」
あたしも、そう思う。
白皙のおでこが丸出しなのに、普段と変わらず無表情なナル。
頭上にピョコンを揺れている髪が、チャームポイントのようで可愛いなぁと思ってみていると、リンさんが機材室から出てきた。
ナルを見て、それからあたしたちに顔を向ける。
あっ、リンさん笑いを堪えている顔してる。
やっぱり、このナルは笑う対象として見えるんだ。
長身の肩がフルフルと震えている年上同僚に、ニッコリと笑い返して、リンさんもどうてすか?と髪ゴムを持って聞いてみた。