Beginning

 クフクフ笑う彼女の姿が目に入る。
 思い出し笑いをしているのだろう。
 目尻が下がり、柔らかそうな頬が緩やかな曲線を描いている。

「谷山さん、何かいいことでもあったんですか」
「可愛いんですよ」

 そう言って、彼女がまた柔らかい笑みを浮かべる。
 可愛いと称されるものはなんだろう。
 思いつく限りのモノが瞬時に脳裏を横切る。
 だが、推論だけでは正解に辿りつけない。
 ならば

「何が可愛いのですか」

 答えを直接聞き出すまでだ。
 そう問うた僕に、告げられた言葉は、一瞬だけ絶句を催すものだった。





「美人さんでねぇ。でも、可愛いの」
「何だ、そんなに美猫なのか」
「そーだよ。スラッとしてて、どこか近寄りがたい雰囲気はあるものの、慣れれば擦り寄ってきてくれるし、撫でさせてもくれるんだから」

 滝川さんと猫談義で盛り上がっているのは、この事務所の紅一点、谷山さんだ。

「撫でると、気持ち良さげに頭を預けてくれるの。目を細めて気持ちいいって顔されると、もっと触りたくなるよ」
「そうだな。アイツら気持ちよさそうな顔するもんな」
「あたし、動物飼ったことなかったから、近所の野良猫を見かけるくらいだったんだ。ぼーさんのところの梅吉くんも触ってみると温かくて気持ちいいよね」
「おぅ、梅な。なかなか冬は暖かくで重宝だぞ」

 まだまだ続く猫話。
 しかし、谷山さんが言っているのは猫だと分かっているのだけれど。

「その美猫の名前は何て言うんだ」
「ナル」
「は?」
「ナルちゃんって、言うの」
「オスか?」
「えっ、メスだけど」

 一瞬だけ黙った滝川さんが、何を考えたのか、僕には分かる。
 それが、猫だと判明するまでに、言われた【ナル】の名前に、またしても、谷山さんに騙されてしまったのだから。

「へー、ナルちゃんね」
「うん、ここの事務所のナルと一緒で真っ黒なの。でね」

 彼女の、このナル話は、イレギュラーズと黒衣の二人がお茶の為に揃った後も、しばらくは続くのだった。




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