「ナル。せっかくいい天気なんだから、外にいこうよ。
GWに、長期休み取ってさぁ。日光浴びて。健康的な日常を過ごすのがイイよ」
ウンウンと頷く調査員に呆れた視線を送る。
「僕が仕事をしないと、困るのはオマエだろう」
「なんでさ」
素でそう返されて、軽く額を押さえる。
「ここの所長は誰だ」
「ナルだよ」
何も考えずに返答をする麻衣に、微少な苛立ちを覚える。
「谷山さん、事務所を閉めた場合、給料は減額されると分かってのお言葉でしょうね」
時給で生活を賄っている女とは思えない発言に、つい丁寧な口調になる。
僕のいない事務所を開けているつもりはない。
彼女は、上司の不在時に、事務所が閉じられるとは思ってもいないのだろうか。
「そっ、それでも、いいもん。あたし他でバイトするから。ナルは休み取って、外で遊んでくればいいよ」
まだ言うか。という気持ちが、このバカげた提案話を続けさせる。
「僕の場合、事務所を閉めても、自宅で書斎に籠るだけだ」
キッパリと言い切ると、麻衣が座っていたソファから立ち上がり叫んだ。
「不健康すぎる。いい年をした若者が自宅に籠ってばかりだと、カビが生えるよ」
何をそんなに勢い込んでいるのだろうと思いつつも、冷めた口調で相手を見遣る。
「そんな不摂生な生活はしていない」
「そりゃあ、ナルの自宅はキレイかもしれないけれど、それでも、家と事務所の往復でしか外に出ていないなんて、寂しすぎるよ。所長さま」
憐れむように言われて、口角が微妙に曲がる。
オマエは、僕をなんだと思っているんだ。
それだけで生活が成り立つわけがない。
「偶には出かけている」
憮然とした口調で告げると、麻衣がキラッとした目でこちらを見詰めてきた。
「どこ行くの?近所のスーパーとか、コンビニかな」
「書店」
そう短く返すと、立ち上がったままだった麻衣が腰に手を当てて、声を荒げた。
「書店だって、屋内じゃないか。
そういうとこじゃなくて、日の光を浴びて、偶には汗を掻く青春を味わってよ」
いったい、何を言い出すのやら。
今度は、青春ときた。
未だに収束することのない会話に、投げやりな気持ちで返事をする。
「汗なら掻いている」
「いつ?この部屋や自宅で汗を掻くようなコトしているワケないよね」
「事務所に来るまで、歩いてくるからな」
淡々と事実を告げた。
「それとは、ちがーう」
大声で叫ぶ麻衣の音量に顔を顰める。
「オマエは僕に何を求めているんだ」
更に続きそうな会話に、そう訊ねる。
「求めているのは、引き籠りじゃないナルなの。この際、外で運動しろとは言わないから、ちょっとは散歩して森林浴してみるとか。資料やパソコンばかりを相手に疲れている身体や目を休ませる努力をしてよ」
プリプリと怒りながらも告げられる台詞。
今までの会話は、こちらのことを心配していることから出る発言だったようだ。
「バカか」
「何を!」
「今だって充分休憩している」
「へっ?」
「麻衣、お茶」
「はぁ〜い」
ウ〜ンと小首を傾げている彼女の背中に、フゥと深く息を吐き出した。